FC2ブログ
pisonは、しがない介護福祉士。 家に帰れば「人生」に付随するあれやこれやに翻弄されつつ、お年寄りの前では明るく歌うリンゴの歌。
プロフィール

pison

Author:pison
pisonは一女三男の母。(うち1人は早々天国でPisonを待ってる)
仕事は介護福祉士。
若い人にはぜんぜんもてないけれど、白内障ぎみのお年寄りの目からはしごく美人に見えると評判。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索

RSSフィード
リンク
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
職場にはいろんな性格のスタッフが共に働いています。

中にきびきび良く働く女性がいるのですが、仕事が出来る反面周りにも厳しいのです。
その方が、このところ大きなミスを連発していました。

で、そのミスに対してですが、全然反省というものが見えません。
見事に
「あれは○○が悪かったから。」
「△△さんと一緒にやったから私のせいじゃない。」
私は怖いからさわらぬナントカに祟りなしで、心の中ですげーー!と思いつつ黙っています。

他の人のミスに対しては(ミスでなくても自分のやり方と違う人に対しても)それこそ猛烈に指摘しまくる彼女が自分の失敗に対してはお口をぬぐって他の人のせいにしちゃうのです。

あれって、自覚してるのかしら?
それとも無意識なのかな?

今回のミスは誰がどう見ても純然たる彼女のポカで、しっかりと記録にも残っているので申し開き出来ようがないのですがね。そうであっても
「私のせいじゃない!」
と言えるあの強さ・・・・・。
そうはなりたくないけれど、まったく反対のよわっちい私はかすかな羨望を覚えるのです。

その彼女はチャキチャキ仕事はするけど、都合の悪いことは人のせいにするし、職員や気に入らない利用者さんに対して意地悪をする。
人だから、長短あわせ持っているのが当たり前だよね。

他にも、冷静にミスなく仕事をするけど、臨機応変というものが出来なくて利用者さんの気持なんかよりも合理性を追求するするおばさんスタッフ。

仕事全般よく出来るけど、利用者さんのことを人間扱いしないちょっと冷血な感じの男性スタッフ。

反対にすごく利用者さんの気持を汲んでくれるけど、まったく回りが見えないおばあちゃんスタッフ。

優しくて、人の和をとっても大切にしてくれる人だけど、なんだかドジで仕事がすごく時間が掛かるかわいい女性スタッフ。

いい加減でちゃらんぽらんで、いっつも仕事サボってるけれど、実は頭もきれるしほんとは誰よりもいい介護をしたいと思ってるあんちゃんスタッフ。

などなど。

みんなの良い所を合わせればすごい良い仕事ができるに違いないって思うんです。
でもね、わが職場はリーダー不在。
どこでもそうだと思うけど、チームでやる仕事ってこのリーダーさんの手腕に掛かっているんだと思う。
優秀なリーダーがまとめてくれたら何倍もの力が出せるし、良い仕事はきっとみんなのモチベーションを上げてくれる。

福祉という仕事環境は特に人をまとめるのが難しいのではないかしら?
だって、人のために・・という気持が強くて入ってくる人は下手をすれば感情に流されるタイプが多いし、どこの仕事でも適応できなくて慢性人で不足だからって流れてくる人は基本的な常識に欠ける人が多いし。
始めは志高くても家族も養えないほどのお給料で働くうちに気持がすさんでいってしまう人もいる。
そして、人と人が直接(心も体も)ふれあうのがこの福祉という職場なんです。

もしも、人の気持もおもんぱかることが出来なくなったスタッフに自分の気持を伝える手段のなくなった方がお世話を受けるとしたら・・・・。

介護を受ける人が気持の良い介護を受けられる。
働く人が誇りを持って働ける。
そんな現場が増えることを願っています。
スポンサーサイト
なんだか無性にイライラしたり、反対に悲しくなったり、無気力になったりと、思うように行かない自分に翻弄されていた日々が続いていました。

そりゃあね、目と鼻の先に『50歳』がぶら下がってるんだもの更年期っつうものに入ったんだわさ。
と思い、レディースクリニックで血液を取って調べてもらっていました。
結果をなかなか聞きにいけなくて、やっとこさ行けたのが昨日のこと。

私ってば、若い頃から男っぽくてきっと女性ホルモンより男性ホルモンの方が多く分泌されてるんじゃ?
なんてずっと考えてきたものです。
ここで、数値的にハッキリと女性ホルモンが足りていない!と判明したらそれこそホルモン剤かなんかを処方してもらって、そしたらつややかなお肌や女性らしいまあるいシルエットとかなって一石二鳥!!ともくろんでいた。

しかし、である。
蓋を開ければ、何のことはない。
まったく更年期の兆候ナシ。
重要なホルモンのエストラジオールというやつの値も充分なのだとか。

つまりがイライラもシクシクもゲンナリも、みんな気持の持ちようってことだったみたいで。
あーあ。いいんだかわるいんだか。

働いている施設で大イベント納涼会が開かれました。

今までデイサービスばかりで働いていたので、園をあげての納涼会というものは介護の現場で十数年働きながら初めての経験です。

駐車場にやぐらが立てられ雪洞が灯り、出店があり、となかなかの演出です。
女性職員は浴衣を着てのサービス。

私は浴衣一つ持っていないのでどうしようかと思ったのですが娘のを借りました。
娘は結構良い品物を選ぶ人なんでなかなか良い浴衣でした。
日本人ならでは!という気持になりました。

それにしてもお天気が雨にならなくて良かったです。
もしも前日だったら・・・・土砂降りでそれどころじゃなかったですからね。

たった一時間の会でしたが、入所されている方、通所されている方、皆さんのお顔がとても嬉しそうでした。
私が嬉しかったのは、ショートステイを続けて利用されているHさんの娘さんが来てくださって、着付けのお手伝いをしてくださり、その後お母さんと並んで納涼会を過ごされたことです。

Hさんの娘さんはお母さんを引き取ったものの、お母さんの認知症に対してとても疲れてしまい。
この頃ではお母さんに対して会いたくない気持が強くなり、必要な物を届けにきても顔をみる元気もなくそのままお帰りになるということが目立っていたからです。

肉親の介護と言うものは本当に大変なものだと思います。
時々そんな娘さんに対して
「じゃあナンデ引き取ったのよ。」
なんて言うスタッフもいます。
でも、介護ってそんなに簡単に割り切れるものじゃないんじゃないかしら?

私は盆踊りのフリがわからないので、Hさんにくっついてみようみまねで踊りました。
会の終わりにテーブル席でHさんに
「Hさんにくっついて後ろで踊っていたのよ。」
と言うと娘さん
「私もびっくりしたわ。お母さんいつおぼえたの?お母さんの踊ってるところなんて見たことないのに。」
と優しい顔で話かけられました。

蒸し暑い夏祭りでしたが、この親子の間に少し優しい風を吹き込んでくれたみたいです。


三月の震災の後、筋トレの○ーブスをやめてしまい、自分でなんとか運動しよう・・・と思っただけで何もしないまま早五ヶ月。

自分の体がどんどん怠惰な体になってることを気付きながらもその怠惰に気持ちよく(良くもないが)流されていた。

体重なんて量っても仕方なし・・・とまったく体重計にも乗っていなかった。
そして、今日である。

さすがにまずいよな・・・
と脱衣所で体重体脂肪計にのってみると。

があーん

去年の今頃の体重より4キロも増えている。
どうりで、久しぶりに穿いたGパンのジッパーが半分も上がらなかったわけだ。

どーすんだよ自分よ。
えっ!どーすんだよーーー!!

来月の頭には毎年恒例の人間ドッグ。
どんな結果がでるのやら。

しかし、自分でなにか運動するなんてこの軟弱な者には絶対できないことであったのだ。
意思が弱いんだから、しかるべき場所を設定してそれなりの投資をしないことには運動なんてできないのよね。

はあ
12日から21日まで9泊10日
長野県の富士見高原に暑さを逃れに行っていました。

主人の会社の保養所なので、親族だとすべてただで泊まることが出来ます。
普通ホテルに泊まったら6人(今回は結婚した娘とその婿さんも一緒でした)で一泊できるかどうかの予算でみっちり10日間っゆっくり過ごすことができます。

モチロン、自炊なので自分たちで買い物をして御飯をつくり洗物もしなければなりません。
来た時の食器の洗浄から退去する時の掃除まで自分たちの仕事です。
それでも、高原の一軒家で自由に過ごせる数日間は本当に非日常の楽しい日々です。

今回は、会社がテレビを地デジにしていなかったのでテレビが観られません。
新聞もありません。
情報はラジオ(と言っても全然電波が入りません)のみ。

そんな10日間ってどうよ!
ってどうってことありませんでした。

ひたすら毎日下界へ買い物に行き食事を作り、本を読み、絵日記を書く。
そんなことをしてアッと言う間に予定の日数が過ぎてしまいました。

現地で買ったスケッチブックには・・・・・
エゾ春ゼミと思われる現地の蝉やみやげ物屋で買ったカラス天狗のお面を被る上の息子の顔やビールをコップ一杯飲んだだけで酔っ払って大騒ぎした娘の姿や婿さんの似顔絵、森のカフェの美味しい食事のスケッチでいっぱいです。

今日帰宅して今まで書いたノートを整理したらナントノートを書き始めから20年で9冊になっていることがわかりました。
写真とかビデオはあまりとらない我が家ですがこの9冊のノートには娘や息子達の赤ちゃんの頃からの姿が溢れています。

初めてアンヨしたのがこの山の保養所だった娘。
初めて泣かないで二階から降りてきたと書かれている上の息子のニュース。
存在する前から書かれているノートに出現するお腹の中の末っ子。
次の年のノートのしょっぱなには、この末っ子が涎かけをかけてキッチンで食材を一生懸命籠からだしている絵が。

そう、末っ子はこのノートが大好きなんです。
時々取り出しては眺めています。
毎年大きくなるのがよくわかります。
今年はエアガンのライフルを構える末っ子のスケッチも残されました。

いつまで家族でココへ来られるかしら?
高校生にもなったら付いて来てくれないんじゃないかしら?
なんて主人と話していたものですが、かれこれ四半世紀続く恒例の行事となりました。

去年から娘婿のY君も参加しています。
主人としみじみ
「幸せな歴史だね。」
と話しながら今年も恒例の行事は終わりました。
末の息子が何度も学校の尿検査でひっかかり、とうとう市立病院のCT検査まできてしまった。

今日がその検査の日。
結果は大丈夫でした~
ホッ・・・・

いつも蛋白が出て引っ掛かるんだけど、その蛋白つうのがとっても小さい物質の蛋白なんだって、血液を尿に濾す膜を多くの蛋白は通過しないんだそうですが、この小さい蛋白はその膜を通過し、通常は腎臓内でまた吸収されるんだそうですが、どうしたことか息子の腎臓はコレをあんまり熱心に吸収しないので残ってしまったのが出てくるらしい。
まあ、どひゃーという量が出てくるわけではないのでそんなに気にしなくてもいいとのこと。

超音波の画面に映る末っ子の腎臓は正常でした。
良かったな。
三つ上にいたお兄ちゃんは、この腎臓が一個なくて、もう一つの腎臓にはのう胞がいっぱいできていてオシッコが作れなかったから生まれてすぐに天に召されちゃったのです。

大事な二個の腎臓。
揃っていてよかった。

あとは、先生と私の内緒の血液検査の結果を八月の末に聞きいく。
上のお兄ちゃんと同じ筋肉の難病だったら出てくるはずの血液の成分があるかどうかこの腎臓の検査のときに一緒に調べてくれることになってる。
本人に言ったらちょっと酷だから先生と私の秘密で。

どうか異常値がでませんように・・・・。
姑の介護認定調査の日です。
義兄と一緒に同席するためにN区まで出かけてきました。
N区は旧友の住む土地なので、早めに行って彼女とランチの後姑の所へ向かいました。

そもそも、姑の入院している時に病院の帰りに旧友と会おうと思って楽しみにしていたら、急遽夫が
「僕も仕事半休して行こうかな。」
と言い出し、それでは旧友とはお茶できないわ・・・と諦め。
二回目のお見舞いの帰りに会おうと思ったら今度はものすごい雨が降ってオジャン。
三度目の正直でやっと今日会うことが出来ました。

7月に入ってからなんとなく元気が出なくて、グズグズとしていたけれど、今日は久しぶりにワクワクとした楽しい時間を過ごしました。
ちょっとハイになりすぎの感じもありだったかな?

更年期で女性ホルモンを補充しないとイカンかなぁ・・・と思っていましたが、今日は友達ホルモンをもらってかなりの効果が出ました。


そして、認定調査というものを始めて経験しました。
どってことない只の家庭訪問のようなものでした。

姑も驚異的な回復を見せています。
転倒後から立つとか歩くのがかなり厳しくなりましたが、ゆっくりなら身の回りのことは出来るようになりました。
調理や洗濯はさすがに出来ませんので義兄夫婦がやってくれますがなんとか日中独居で過ごせそうです。

義兄は姑さんの同じことの繰り返しにウンザリしているようですが、86歳にもなったら自然な物忘れです。
なんとかしばらくは以前の生活を続けられそうです。

認定はどういう結果が出るかは三週間後くらいかな。
以前の骨折で片腕は上がらないし、伝え歩きでないと歩けないので要介護1くらいは出るんじゃないかと思います。

こうして少しづつ老いていくのですね。
次男の嫁としてどれくらいのお手伝いをしていけばいいかまだ様子見の段階ですが、シャワーを浴びることが出来ないので体を拭くだけで過ごしている姑なので、近いうちにシャワーのお手伝いくらいは行きたいと思います。

生きているうちに孝行しておかないとですね。

むしゃくしゃします。
イライラします。
そんなことは個人的なことなので周りに当たることはゆるされません。
自分の内面は自分で始末するもんです、それがオトナってものなのだから。

と言いつつ、息子達には腹が立ちます。
ゴキブリがデタァ~と騒ぐなら、ゴキブリが出ないような片付いた部屋にしろってなもんで。
受験生なんだから、もう部活のコンクールも終わったんだし、そろそろ気合入れて勉強するフリくらいしろよ!と言うが、ふーだのぶーだのクソだの言いながらゲームばっかりしおってからに。

気持が落ち込むから、ここはひとつ自分への投資をして・・・と先日パーマ屋さんに予約を入れておいた。
8月8日午前10時からカット&パーマ
そして、今日10時5分前にはパーマ屋へ着いた。

「10時に予約したT橋です。」
とカードを出す。
すでに二人のお客さん・・・しかも今始めたばっかりみたいな。
嫌な予感。
お店の人も予約の・・と聞いてちょっと顔を曇らせた。

当然始めたばかりの二人にお店の二人がかかわっているのだから私は待たされる。
それがなぜか少しわかった。
パーマをかけていたオバサンにお店の人がしきりにT橋さんって言っていた。

同じ名字・・・・。
私の予約していた時間にそのオバサンが来て入ってしまったのだと思う。
何のための予約なのさ!
待合の場所は暑くて扇子をぱたぱたしながら待つ。

横には『当店では予約のお客さまが優先です』と書いてある。
お店の人は気付いてももうしょうがないから黙っているみたい。

待つこと一時間。
ようやっと、一人の男性客のカットとブローが終わって私の番が来た。
ずっと心の中で葛藤していた・。

予約しているのにこんなに待たせてコンチクショウ。
いや、今日は予定はこの後息子の証明写真を撮りに連れていくだけなんだし我慢せんか。
でも、なんであのオバハンずるいじゃん。
いいじゃないの、店の人との会話聞いてるとなんだか、更年期でシンドイみたいなこと言ってるし。
なによ、私だって更年期よ!
時間どおりにパキパキいくのは世界の中でもここニッポンくらいなんだから、少しのことでイライラしないの!
イライラするわよ。時間は大事なのよ!!

一時間扇子でぱたぱたしながら心の中で自分が戦う。
よっぽど、もう時間が押すから今日はいいです。
って帰ろうかと思った。

気長な自分が勝って順番を待つ。
そして、やってくれたのが、いつもの人ではなくて(いつも上の息子の同級生の子がやってくれているのですが、彼女は夏休みでハワイに旅行なんだって)ちょっとスローリーなオバチャン。

何をするにもテキパキしていない。
結果、9時55分に入って出たのがほぼ三時。
いつもだったら2時間もあれば終わるのに、お昼までには帰れると思ったのに。

イライラするのをどうにかなだめようとしたパーマ計画だったのがトホホな一日でした。
まあ、こんなもんさ。
こんなもーーんさ。

思いどうりにいかないのが人生ってもんさ。
さあ、夕飯作ろう。
もうしばらく前からナントナク更年期なのかなぁ・・・という気はしていた。
すごく腹が立つし、もともと無かったけど集中力は散漫だし、わけもなく哀しくなるし、むなしくなる。
楽しい事が見つからないし、買い物がすごく苦痛。
コーヒーやつゆの素とか食パンとか切らしてはいけない物がなくなっても買い足せない。
履いてるサンダルが壊れても新しいのを買いたいとも思えない。

ホームドクターは
「婦人科で血液取ったらすぐわかる。」
と言っていたので、今日思いきってパソコンで探した婦人科の更年期外来に行ってみた。

不眠とかほてりとか異常な発汗というのはない。
どんなストレスフルな時でも私はぐうぐう寝るし、いつでもお腹はすくし、汗は汗腺が少ないのか皆がダラダラ汗をかくときでも私はうっすら汗ばむ程度しか汗をかかない。

女医さんは
「そう、ほてりとかはないのね。ほてりとかのぼせは典型的な症状なんだけどね。」
って。

肩こりもない。
精神的なことだけなんだ。
やっぱ只の軟弱者ってことなのかな?

血液を取って一週間後に結果を聞きに来ることになる。
看護士さんがブスリと採血の針を刺す。

献血の時なんかはぴゅ~っと勢いよくほとばしるのに、今日はちっとも血液がたまっていかない。
看護士さんが困りながら、針をぐっと奥に刺したり引いたりしている。
何度か刺さったままの針の位置を変えたらほどなく血液が溜まった。
こんな勢いの無さもあーあ年なのかなぁ・・と暗い気持になったりする。


さて、
一週間後、
どういう結果が出ますでしょうか?
ここ数日、仕事と姑の病院でバタバタとし、高齢者相談所や介護事業所や義兄との連絡でひっきりなしに電話したりしていた。
今後の展開がぜんぜんわからないからあれこれ考えて疲れていたんだけど、急転回。

義姉が
「退院したらこっちでみます。」
って・・・・。

大丈夫なのかなぁ。
二世帯住宅でもない普通の家でありながら20年一言もしゃべらない嫁と姑が。

まあ、そうおっしゃるなら、あまり外の者はシャシャリ出ない方がいいと思うので、
「何か手伝えることがあったら言ってね。」
ということになった。

「おばあちゃんは、厳しくしないと人に頼ってしまって良くないから、なんでもやらせないと。」
という接し方できた兄夫婦です。

腕を折った時も、義兄さんがお医者に連れて行ってくれて、義姉さんは一回だけお結びを作ってくれたそうです。
後は、手伝いは無しだったとか。
骨折したことは私たちには伝わらなかったので後で聞いてびっくりだった。

とにかく徹底して姑さんには関わらず、どうしても・・と言う時はすべて息子である義兄さんが世話をしてきた。
義兄さんは嫁と姑の間でいつも苦悩しながらお母さんに
「○○子の前に姿を見せるな。」
と言っていたので、姑は義姉さんが仕事に行っている間だけ部屋を出入りして用事を済ませ、義姉さんが帰宅するとずっと部屋に入っているという生活が続いていた。

なにもかもが徹底した家庭です。
でも、それが平和を保つ知恵だったのかもしれません。
外の者がどうこうととやかく言ってはいけないのだと思います。

実際、姑の不安神経症気味の性格は若い頃よりも若干良くなっているようにも思います。
優しくされると悪化するものもあるんじゃないかと思うこの頃です。

姑の口癖。
私は親から憎まれてねぇ。
お父さん(自身の夫)は本当に酷い人だった。
生きていてもあまり良いことはなかった。

不幸を数えて暮らしているようなところがありました。
不幸を数えることでうまくバランスをとっているようにも見えました。
そこで優しくされるとバランスが崩れるのかもしれません。

次男(うちの旦那さん)が就職して長い研修に行った時も、ひっきりなしに心配を訴えて兄夫婦がノイローゼ状態になり
「アイツに家に電話させてバアチャンに大丈夫だって言ってくれ、俺達死んじゃうよ!」
と当時婚約者だった私にSOSの電話が入ったほど。

多分それ以来、姑が何か心配を口にすると
「うるさい!!」
「黙れ!!」
で通してきたのでしょう。

姑は「何も言えないの。だから黙ってるの。」
と悲しそうに言います。
でも、もしかしたら、そういう荒療治でもしないと、姑の心配はどんどん高じていきコントロールを失ったかもしれません。

厳しく冷たくされるのは悲しいです。
でも、下手に優しくされるのが良いとも限らない。

昔、中原中也という詩人に傾倒していた頃があったので中也関係の本をたくさん読みました。
中也が同棲していた年上の女性長谷川泰子は不安神経症を病んでいたらしいのですが、中也と暮らしている間は特に症状が悪くなかったのに、別れて小林秀雄と暮らしはじめると一気に悪化し、それこそ靴のボタンも出来なく(汚いから触れない)なり、生活全般がすべて出来ないことだらけになったとか。
本人の書いた著書を読んでナルホドと思ったのですが、中也は自分のことばかりでちっとも泰子に優しくなかった。小林秀雄はなにくれと世話を焼き優しかったので頼ってしまったみたいです。

兄夫婦と姑の一見奇妙と思われるあの暮らしは長年かけて編み出した一番お互いを傷つけあわない方法だったのかもしれません。
何はともあれ『同居』という『責任』を負わなかった外の者は非難はしてはいけないのだと思います。

介護の現場で働くといろいろな家族間のしがらみがみえてくることがあります。
普段面倒みていない親族が後から出てきてかき回していくことがあるんですよね。

自分の立場をわきまえなくてはなぁ・・と思わされたこの頃でした。


姑さんの病院へ行ったり、これからお世話になる介護事業所を探したりしている。

介護の現場で働いてはや十数年経つくせに制度や料金などしらないことがいっぱい。

へー、介護認定ってこういう風にやっていくんだぁ

退院から在宅までの間に老健使いたいけど、そんなに簡単にははいれないんだぁ

ホームヘルプサービス使ったらいくらくらい払うんだろう?

などなど。

自分が日常在宅ケアに入って御飯つくったりお風呂の手伝いしてるのに、それがいったいいくら掛かってるんだろう・・とかあんまし考えなかった。

自分がもらう給料のほうはわかってても利用者さんがいくら払っているのかとかは事務とかケアマネの管轄だったから興味なかったんだ。

いやはや、もっと自分のやってる仕事に関して知っておくべきだわ。

姑の所へ行ったり義兄と今後の介護の方向を相談したりで忙しい。
仕事のある日はそれらをしながら家のことをしたり、犬のことで苦情が出ないようにとか神経使うせいか夜にはドロドロに疲れちゃう。

思った。
今回の出来事は自分にとって勉強になってるなって。

でも、相変わらず参考書も問題集もきれいなまま机に積まれたままだけど。
まあ、今年のケアマネ試験も桜散るのは必至でしょう。

ぼちぼちいくからいいや。

泣き虫ワンコの対策をアレコレとって早数日。
かなり外に鳴き声がもれなくなってきた。

それでも、ホントは本人ならぬ本犬が鳴かないのが一番いいことなんですよね。
いったいどれくらい鳴いてるんだろう??

というわけで、ICレコーダーで録音してみた。
みんなが出かけてしまう時の切ない鳴き声ったら・・・・・

ワン!
じゃなくて、
なんつうか
ンンン~ぐお~ん
きゅうんきゅうん
ってかんじ。

そして置いてったなくそ~とばかり
キャンキャン

かつかつ
小さな足で歩き回る音。

おふおふ
ウヲーン

40分ほど鳴くと
ピタリと鳴きやみ、5分ほどして思い出したように
ウーワン!
と二言三言鳴くと
また静になった。

レコーダーは3時間しか録音出来ないので、8時から11時まではそんな感じだった。
11時からの状態は謎です。

夕方部活から帰ってきた下の息子は
「帰宅した時、そんなに鳴いていなかった。」
とのこと。

いつもこんな具合なのかな?
それともサプリメントが聞いておとなしくなったのかな?
仕事が休みなので、朝から姑の入院している病院へ洗濯物をしに行く。

電車三本使って二時間はかからないくらいだから通えないこともないけど、やはり夕方には上の息子の迎えがあると思うと気がせく。

ベッドの上に起き上がれるくらいになって驚異的な回復をみせている姑だが、先日の夜中の地震にことを尋ねると。
「知らない。」
とのこと。まあ、夜中だったしね、6階だから揺れたでしょうがねていたのね。

「3がつ11日の東北の地震の時は凄かったものね。」
と言うと、
「知らないわ。そんなことあったの?」
「・・・・」


忘れてる・・・。
「ほら、大津波が来て何万人も一瞬で亡くなったあの地震。」
「そお~」
無関心そのものである。
姑にはそんなことより、6時半に下剤を飲むことのほうが重大なことであるみたいです。
歳をとると自分のことを考えるので精一杯になっていくのでしょう。

「まあ、お義母さん地震を忘れるなんて幸せね。怖いことなんか忘れちゃいたいものね。」
「そうね、うふふふ。」
そう物事は前向きに捉えなくちゃ・・・・。

帰りにN区の地域包括支援センターへ寄り、介護認定調査の申請を出す。
義兄と日程を合わせて一緒に認定調査に出ようと思っている。

ケアマネ試験の勉強はまったく手付かずなんだが、実際に勉強になってる。
いいんだかわるいんだか。
// HOME //
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。