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pisonは、しがない介護福祉士。 家に帰れば「人生」に付随するあれやこれやに翻弄されつつ、お年寄りの前では明るく歌うリンゴの歌。
プロフィール

pison

Author:pison
pisonは一女三男の母。(うち1人は早々天国でPisonを待ってる)
仕事は介護福祉士。
若い人にはぜんぜんもてないけれど、白内障ぎみのお年寄りの目からはしごく美人に見えると評判。

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姑のケアマネジャーを探すのに昨日一日費やしてしまいました。
自分の住んでいる土地ならある程度知識があるのですが、姑の地元は明るくないし。

ココは、と思っているところと電話が繋がらず、じゃあコチラというところはもう目いっぱいで新規はお断り。
最初の所と連絡がついたと思ったら、そこのケアマネさんから来るはずの折り返しの電話がとうとう来なかった。

せっかくお休みの一日を棒に振ったのか・・・と思いつつ夕方ふと頭を横切ったのが、姑と同じ区に住む古い友達のことだった。
確か彼女はお母さんの介護をしているはず、電話してみると、過去に実父と舅を介護して見送り現在実母の介護をしながら働いているだけあって介護のエキスパートでした。
そしてお母さんのケアマネさんを紹介してくれました。

とは言え、どこもものすごい忙しいケアマネさんのこと、受けてくれるかどうかヒヤヒヤ。
朝一番に事業所に電話すると快くお話を聞いてくださって担当してくださるそうです!
明日姑の病院へ見に行ってくださるそうで、私も急遽お休みを取って一緒に行くことにしました。

ほっとしました。
実は、その事業所のある施設は私もとてもゆかりのあるところなんです。
生れ故郷の群馬から家族で東京に出てきた時に住んだのがその施設のある場所なのです。
その頃は只の空き地でよく野球をしたりして遊んだその場所に今はすばらしい老人介護施設が出来ました。
しかも、その施設は私の所属するキリスト教会が母体になっていまして、理事長は私に洗礼を授けてくださった牧師です。

そんなこんなで本当は始めにその施設に相談しようと思っていたのですが、区から頂いたパンフレットには管轄から外れているように書かれていたので諦めて連絡をしなかったのでした。
友人に聞いたところ、大丈夫との確認がとれました。

姑の家の近い順に探していたので、友達に相談していなかれば違うところに決めたでしょうし、そもそもうまく早くそれらが決まっていたらこの施設まで導かれなかったでしょうね。

その建物の前に立った時とても不思議な気持ちがしました。
私が住んでいた40数年前はキャベツ畑に囲まれて、ほんとうにのどかな風景だったんです。
隣に立つ工業高校の壁にボールを当てて遊んだことが想い出されます。
じっと目を凝らせば、風景は変わり家もたくさん立っているですが、道のここそこに小学校二年生だった私の残像が残っているような気がします。

幼かった私はこの道を友達とお話ごっこをして学校に通った。
高校の裏口から生徒さんたちが部活をするのをながめたり、自転車の練習をしたのもこの道だった。
同じアパートのおでんやのオジサンが屋台を置いていた道っぱた。
冬の寒い朝にブロッコリーの葉っぱの縁についた霜が朝日に照らされてその美しさに圧倒されたこと。
そんな思い出がいっぱいつまった場所に立っている老人施設にこうして姑のことで繋がったことを不思議と思いつつ、神様が導いてくださったのかな?
なんて感謝します。

明日、そのケアマネさんと姑の病院へ行き、これからの策を考えます。
介護は喜ぶことでもないのですが、今の職場だから急遽明日休みたいといっても許してもらえる環境で、娘のお産と時期が近かったら大変だったでしょうがまだそんな時期でもなく、上の息子も大変ながらも順調に会社に通ってくれているので朝夕の送迎だけのお世話で済むし、いろんなことがうまく整えられていることもまた偶然ではないのでは?と感謝するのでありました。
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そんなに頻繁ではないのですが時々視界がチカチカしたかと思うと小さな光る物が生まれてやがてギザギザのものすごい光の輪が視界を覆い(目をつむっても見える)一時間ほど暗いところでじっとしていないと何もできない・・という現象にみまわれる。

はじめてこの発作に襲われたのは6~7年前だった。
いきなりのビカビカの光の輪に頭の血管が切れたのかとビビった。

先週の日曜日も新聞を読もうとしてこの発作に見舞われてしばらく安静に。
パソコンで調べたら、偏頭痛の人によくある現象なんだとか、でも頭脳を使わないで生きてる(?)私には頭痛というものは無縁で??だった。
そしてこの現象に名前があって、『閃輝暗点』というものだと知った。
この現象の後に頭痛が伴わない人は脳梗塞や脳腫瘍の可能性もあるから脳神経外科を受診した方がいいとあり、えーー!!とうろたえる。

そして、今日の午後三時に脳外科を予約していたところ、朝の8時に義理の兄から電話が入り姑が救急搬送されたとのこと!
ひえ~!!あわてて搬送先の病院へ出発する。
あんまり急いで、駅で電車が滑り込んできたのに乗ろうと階段を二段抜かしですっとんで降りたらなぜか左の肩がグキっ!!イテテテ・・・涙が出るほどの痛さに30数分身動きできずにじっと座っていた。
ここしばらく、四十肩でしょうか、ある角度の方向に動かすと痛かった肩が致命的な痛さになってしまった。

痛む肩で義兄の待つ病院へ。
夏に転倒してから体力が落ちていた姑はとうとう自力で立ち上がることが出来ず、足の激痛を訴えて入院してしまったんです。
三日前に尋ねた時に、遅かれ早かれこんなことになることはうすうす考えていた。
もう日中独居は無理。
義兄と話し合い、しぶっていたケアマネさん依頼と在宅介護の開始をすることを話し合った。
姑にはかかわりたくない義姉、仕事で動けない義兄の代わりに明日から事業所をたづねることにした。

これから忙しくなるのに目玉がビカビカしてるわけにもいかない。
病院の予約に間に合うように帰宅し、ドキドキしながら受診する。

MRIというものを初体験する。
ものすごい磁力で頭を輪切りにするわけだが、痛みはないものの、何かが脳みその中を通過している違和感がある。
MRI特有の工事現場のような騒音の中、うー気持ち悪い・・・首の血管の中で血液がドクドクと波打ってるような感覚に閉口する。

で、結果ですが・・・。
私の場合、脳になにも異常がなく、血管もすこぶる良好らしいです。
つまり、痛みの無い偏頭痛もちだということでした。
偏頭痛は血管が収縮し、それが拡張する時に痛みが出るらしいのですが、私は血管が収縮しても拡張しないのか、痛みが出ません。
光が見える現象は、モノをみる部分付近の血管が収縮する時に脳が光を感じてしまうからだということです。
脳みそが感じるので、目玉には関係なく目をつむってもバッチリと見えるのです。不思議なものだ。
あまり頻繁にそうなるようだといけないのですが、今のペースの発作では気にしなくても大丈夫みたいです。
とにかく、脳みそに異常がなくてほっとしました。

映し出された自分の脳みその写真を凝視し、センセイに
「萎縮してませんか?」
と開口一番聞く。

私が脳みそを調べるに当たり嫌な順位をつけていたんです。
一番嫌なのが脳が萎縮始めてるアルツハイマー
次に脳腫瘍
次に血管異常
その順でなりたくない!!と心配していました。

幸いなことに、脳みそはちゃんと詰まっており、心配いらないとのこと。
量は問題なしで、使い方が悪いってことなんでしょうこのボケボケの頭は。

発作の回数が増えなければ気にしなくて良いということで心底ほっとし、これからはじまる姑の介護のことも苦にならなくなりました。

元気でさえあれば、誰かの役に立つもの良いことだと思います。
元気でいなくちゃ、息子の会社の送迎もしてやらにゃならんし。
やる気が出てきました。

しかし、ぎっくり肩はかなり厳しく、こうなったのも、運動不足で筋力が無くなっているためだと思われます。
一回やめたオバサン御用達の筋トレをまた再開することにしました。
これからは体力勝負だから。

がんばらなくっちゃ・・・。
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昨日行くはずだった八王子の銀杏祭りに行って来ました。

私はいつも出席させていただいている教会の礼拝を終えて旦那さんは家の掃除を終えて駅に向かい落ち合って一路高尾の駅に向かいました。

今年の銀杏も美しい黄色い姿をみせてくれました。
甲州街道沿いに12の宿場があり、通行手形をあらかじめ買っておくと各宿場の名前を焼印してくれるのです。
私たちは宿場で焼印をもらいながら、いろいろな屋台の食べ物を食べ歩きました。

最初の宿場では、ビールを一本分け合いながら焼きそばとトン汁、次ではゆで卵、次は揚げ餅、焼き鳥、と言うように。

去年はスタートしたのが遅かったので4時終了に間に合わせるのに最後は小走りでしたが、今年はわりとゆっくり話をしながら歩きました。

今日は銀杏祭りと帰りは八王子駅の南口を見てみようということで足を伸ばしたのでかなり歩きました。
帰宅してからパソコンのキョリ測というサイトを使って今日歩いた道を検証すると、全部で12キロ歩いたことがわかりました。

今年で三回目の銀杏祭りですが、来年も元気で歩きたいな。
雨の土曜日でした。
ホントに久しぶりの土曜の休日。
旦那さんと合わせる土曜休日はめったにないので、八王子の銀杏祭りに行こうとわくわくしていたのですが、こんな雨じゃ無理。
残念だけど、こうなったらゆっくりすごしましょうって。
犬の散歩はしなきゃいけないから、雨の日に濡れずに散歩させられる秘密の場所に愛犬のオシッコをさせに車を出す。
無事におトイレも済ませたので、車だしモーニングサービスを食べに行こう!と旦那さんとルンルン♪お気に入りのお店へ繰り出す。

美味しいコーヒー、美味しいトースト、ゆっくり楽しい会話。
ああ一緒の休日ってのんびりと良いものねぇ~と話す。
昨日は、私が会社の歓迎会だったので、旦那さんが息子たちに晩御飯を食べさせてくれていまして・・・

旦那「それでね、特上ヒレかつだったものだから、ミッチャン(末っ子)が喜んでパクついていてさ。」
私「それは、よかったわね。ミッチャンの嬉しそうな顔が目に浮かぶわぁ・・・ミッチャン・・の・・・ああああああああああああああ!!!!!!!今日はミッチャン期末試験だっ!!!忘れてた!!!」

そこから怒涛のように会計をして、車を出し、家に電話をかけ、誰も出ず、万分の一もアイツが一人で起きるわけがない・・・エンドレスで電話をかけ、お兄ちゃんである上の息子に一縷の望みをかけ彼のケータイにも電話する。
やっと上の息子が寝ぼけた声で電話をよこした。
「せっかくの休みの日になんだよぉ。」
「ねえ、ミッチャン学校行った?」
「まだ寝てるよ~」
「やっぱ!!起こして、今日期末試験、内申落ちたら人生が!!!」
「おーいおきろー」←のんきに起こしてる声。

そこからミッチャンの狼狽した様子がきこえる。
とにかく、即学校へ行くように言い、私たちは車で通学路を走りミッチャンを拾って学校へ叩き込むと計画を練る。

まあ、そこからの信号の多かったこと。
しかも、赤に引っ掛かることの多かったこと。
ノラーーーリと走る車の後ろに着き、歯噛みする。

試験が土曜日になること自体珍しいねって話していたのにころっと忘れてた。
この試験をすっぽかすと高校受験の内申点が変わってしまいます。
すべての予定が狂って学校のランクをいくつもさげなければいけなくなる。

おとといまで今日が試験って頭にあったのに、気持ちがリセットされちゃったのね。
子煩悩で私よりも子供たちの予定を覚えてる旦那さんもつい雨の休日気持ちが弛緩していた。
「僕がモーニングサービスなんて言い出さなきゃ良かったんだ・・・。」
と言いながら運転する。

まあ、そもそも自分の予定なんだから起こされなくても自分で起きるのが当たり前なんだよね。
でも・・我が家の男の子達は病的な寝起きの悪さ。コレは私の家系の恐るべき体質なんです。
私だって毎朝本当にものすごい気力を振り絞って覚醒して動き出すのに相当な時間と労力を必要とする。
息子たちは私に蹴飛ばされても毎朝仮死状態から息を吹き返すのにほんとーーーに大変。
これはもう怠けとか甘えとかいうものから逸脱しているのです。

てなわけで、私が珈琲屋さんでどっひゃー!と想い出したのが8時23分。
学校の始業時間が8時30分。
試験の開始時間が8時50分。
どっひゃー!の場所が隣町。
やっと家に電話が通じたのが8時30分。
必死に学校へ走るミッチャンを道で拾ったのが8時45分。
担任の先生からの電話が私のケータイに入ったのが8時46分。
プチ信号無視して中学校の門に走りこんだのが8時48分。

人間あきらめてはいけませんね。
午後に帰宅したミッチャンに聞いたら、一時限目の数学の試験に間に合ったそうです。

末っ子をなんとか学校へ放り込んで家に帰った私は身体がガクガクしていました。
旦那さんは「ナンカ気持ち悪い・・・・・。」って青い顔していました。

試験が土曜日って今までなかったしね。
毎日例外なく朝の起こすのが大変すぎるから週末は思い切り寝かしておく習慣がついていたからね。
これが私がいつのもように出勤日だったら緊張感があったのにね。
雨でなかったら車で濡れない散歩スポットに連れて行くこともなかったんだけど。
珍しく二人共通のお休みってことでリラックスしすぎてから。
私は昨日会社の歓迎会で帰りが遅くて次の日の予定とか把握しなかったしね。
旦那さんは、カレンダーの記入の仕方がインパクト薄かったとか言ってた。
いろんな条件が重なったのね。
なんであれ、朝パキッと起きられる人には考えれないことだろうな・・・。

気持ちの悪い旦那さんと身体がガクガクしている私はモーニングサービスの味も吹飛んで、家の片付けやら洗濯を始めました。
みれば、壁に穴が!

人生で二、三番といえるほどの大事な試験の日に起きられなかったミッチャンが慌てふためきながら捨て鉢な気持ちで殴ったんでしょう。

私たちはその所へ季節の絵を描いた手ぬぐいのタペストリーを掛けて穴を隠しました。
午後に帰宅した末っ子はタペストリーをちらっと見てばつの悪そうな顔。

数学はナントカ間に合い、試験の出来もそう悪くはなかったらしいです。
その後にあった英語、美術なども特に問題はなく、また我が家へ平和が訪れました。

よく、あの時気付いたもんだ。
よくもまあ、あそこからたたき起こして間に合ったものだ。
と今となっては感心します。
想い出さないまま、雨のおやすみだからぁ♪なんて悠々と帰宅して寝ている末っ子を見てから今日が期末試験!と気付いたら・・・0点だったわけで。
8時46分に電話が通じた(先生は何度も自宅に電話をしてくれていたらしい)先生の引きつった声ったら!
私も一切の説明をすっ飛ばして
「今学校の手前の踏み切りで停められています。すぐ行きます!!!!」
ガチャッ!

本当に情けない家族だこと。
でも、なんとかなってよかった・・・・・。
末っ子(♂15歳中三)はお菓子作りが好きである。
私ももっと若くて活きが良かったころはスポンジケーキやらクッキーやらいろんなお菓子を作ったのでちょいと前まで様々なお菓子の道具があった。
でも、このごろは一日三度の御飯を作る以上のエネルギーを注いでもいられず、またなるべくシンプルに生きるのを目標としているのでたくさんあった道具も最低限の物をのこして処分してしまった。

必然的に末っ子がお菓子を作ろうとすると、ごくごくシンプルな物しか作れない。
彼が今凝っているのはサツマイモをマッシュして作るスイートポテトだ。

先日私がご飯のお供に(夫は米を食べないので代わりに)サツマイモを蒸かしたのだが、今ひとつ水分も甘みもない芋で喉を通らず冷蔵庫でシーンと冷えていた。
そのうち薄く切って天ぷらにでもしようと思いつつ数日が過ぎて早く何かにしないとせっかく頂いたお芋の命が!!と思っていた時に、末っ子が

「僕に頂戴。」
とスイートポテトを作りはじめた。
もう一度加熱してマッシャーで潰す。
生来の不器用な末っ子のこと、こぼすわこぼすわ!

私は心の中で(あー、床に芋のかけらがおちてる~ああマッシャーに線維が絡み付いて洗うの大変そう~えー、艶出しに卵黄まで塗るのか・・・卵の後の食器ってよーく洗わないと生臭いのよね・・・)
と漫画で言えば顔の斜め上に線がかかれてツツーと一筋の汗がながれている図。

でも、ここでがまんしてやりたいということをさせた方が絶対いいんだ。
ただでさえ、自分から積極的に何かをしようという覇気のない我が家の子供の珍しい積極性を摘んではならねぇっす!
というもう一人の自分が勝ち、ハラハラしながら見守っていた。

案の定洗い物は多数でて、部屋も汚れた。
でも、末っ子の作った目分量適当スイートポテトは事の外美味しくみんなでデザートにいただき満足した。

こっちの仕事が増えるから嫌だな・・と思った私はふと職場でよく言われることを思い出した。

職場でポカンと暇な時間が出来ると、高齢者の利用者さんがソワソワし始め、帰宅願望のある方は即「私帰らせていただきます。」と玄関に行ってしまう。
そこで、私はそういう時は簡単な作業をしたり、ゲームなどをするのですが、スタッフの中にはそういうことを嫌がる人もいるんです。

「ああー、もう座ってて。いまさら面倒なことしないで!」
って。
ただ座ってテレビ見ていてくれれば楽ですからね。
いままでそういう風に言われると心の中でむっとしながら従っていた私でした。

でも、末っ子のことをみていてナルホド・・・と思ったのです。
こういう感覚だったのね。
って。

早く仕事を終わらせたい。面倒なことは起こさないで欲しい。
ってこと。

また、利用者さんがいろいろな訴えをするのがうるさくて嫌だという職員もいるのだけど、今までは仕事なのになんでそんなに面倒がるの?認知症で聞いたこと忘れちゃうだからしょうがないじゃない。勤務時間中は聞いてあげるのも仕事のうちでしょう?
と批判していた私ですが、よーく考えてみれば私だって上の息子がうんざりするほど「疲れた」を連発し体の機能が失われていく事に対する悲観を延々と話す時は、聞いてもどうしようもなく、聞くことによりこちらも悲しい気持ちになり、聞きたくないと思ってしまう自分がいる。
息子は言いたいだけなのに、外では言えないから家で言ってるのに、だから何度でも聞いてあげればいいのに・・・。
コレが仕事で他人に対してだったら同じ事を百回言われても笑顔で百回聞いてあげることができる。

なんだ、私って家にいる時はいつも批判している職員とおんなじことしてるんじゃん。
って可笑しいような気持ちになった。

ホントはね、家でこそ柔和な懐の深い母でいたい。
なんてね。

反省はするものの、完璧な人間なんていないし、ましてや私は学校行ってる時なんか体育と国語以外は平均にさえ遠く及ばないと言うスットコドッコイだったんだからそんなに良い人なんてできるわきゃないとすぐに諦める。

まあ、そうであっても、なるべく家でも寛容なお母さんでいられるようになりたいと思います。
先日のこと、上の息子の電動車椅子に付けるライトをホームセンターに買いに行きました。
日没も早くなって、ピカピカさせて存在をアピールしながら走行しないと思わぬ事故になります。
たいした事故でなくても、ギリギリのところで生きているのでアクシデントで身体を動かせられなくなったら即寝たきりになるのは必至です。

てなわけで、小さい懐中電灯を購入して帰宅するとあれっ??
レシートにミニライトの値段が700円も多く打たれています。
今時、バーコードですから打ち間違いではなく、そもそもの入力ミスなんだと思います。
50円とか100円くらいなら、いいえ、300円くらいまでだったら時は金なりだからこのままでいいや・・。
と泣き寝入りするところですが、700円はチト高い。
でも、そのホームセンターは車で結構な距離のところです。
しかも、そこは私のあまり得意じゃない道。
我がH市は細くてこちゃこちゃした道が多いのですがそんなにストレスなく走れるようになったものの、このホームセンターのある街は広い大きな道が多いの。私そういう道路は苦手なんだ、みんなスピード出すし、駐車車両があるとそのスピードで車線変更するのすごく嫌!

こういう時、どうすればいいのかしら・・・結構悩んだ数日間。
そもそも、私が値段を見間違えて勘違いしていたのかもしれないし・・・。

そこで、意を決して仕事の休みの日にがんばってホームセンターに行って来た。
値段を調べるとやっぱしお店の間違いだった。

そこでお金を返して貰うことにした。
お店の人にレシートを見せる。
バイトのお姉ちゃんらしき人がレシートを見て
「あっ、まちがいだ・・・。」
みたいなことをぼそっと。
そこでパートのオバチャンらしき人に交代して、おばちゃんもぼそっと一応すみませんみたいなことを言ったが、なんか、差額出せばいいんでしょみたいな心持ちが伝わってくる。

私はね、言っちゃなんですが結構寛大な人間なんですよ。
人は間違うものだって思ってる。
いのちにかかわるようなことでなければ結構ゆるせます。
だって、自分自身が間違いの権化みたいなドジな人間ですから、私の間違いをゆるしてもらえることもあるし、人の間違いもそんな具合でゆるしてあげたいと思ってる。

でもね、今回ちょっと頭に来ました。
なに?その態度!って。

アンタの側の間違いで私が迷惑こうむったってまったく考えていないでしょ?
人に「すいません」って謝られるのが激苦手な私。
謝られると身の置き所がなく、もじもじしてしまう。
よくお店とかで『お客さま』であることをたてに大威張りで店の人を罵倒している人とかいますが、ああゆうの出来ない性格なんです。
今回も700円もらって黙って帰ろうかと思った。
でも、でも、言わずにはおられなかった。

「あの、私、自分が値段まちがったのかもしれないって一応見に来たんですが、これってそちらの入力ミスですよね?私ここまで来るのに貴重なお休みの日に時間をかけてきたんです。車のガソリン代だってかかるし、私運転するの苦手だから結構きつかったんです。」

そこまで言ってもオバチャンはなんかわからないみたいで
「はあ」
みたいなかんじ。
「すいません」ともおっしゃるが、上目づかいでなんだかこっちが理不尽なこと言ってるみたいな構図。

私ね、別にガソリン代だせとかどうしてくれるんでぇい!!みたいなこと言いたいんじゃなかったの。
ただね、お店の間違いだったことに対して申し訳ないって気持ちを見せてくれたら気持ちよく許せちゃったんだと思うの。

プリプリしながらその日の夕方、仕事を終えた息子を迎えにいってその車中でその話をしたところ、息子からは
「パートやアルバイトにそこまで求めるお袋がおかしいんだよ。」
だって。
悔しくて、
「なんで、なんで?アルバイトだってパートだってそこで働くからにはそこの顔ってわけよ。ちゃんと意識して働いてもらわなくちゃ!!」
と社員教育のなっていないことを憤慨。

私だって現職場では非常勤つまりパートのオバチャンだよ。でも、パートであってもプロの介護士としての意識を持ってるぜ。

でも息子に言わせれば、
「お金返してもらえたんでしょ?そこまでだよ。文句とか嫌味もなかったんでしょ?」
それで満足せよとのこと。

あー、納得いかねぇ。
と言いつつ、今度からちゃんとレシートはその場で確かめなくっちゃ・・と思った私でした。
今日、我が職場に沖縄民謡のボランティアさんがやってきた。
蛇皮線弾いて口笛ならし、みんなで歌ったり踊ったり。
とってもにぎやか。

南国らしい明るいボラさんがスタッフに前に出て踊りましょうと呼びかける。
恥ずかしいし、目立つとろくなこといわれないので出来れば出たくない。
でも、スタッフが楽しまなくてどうして利用者さんが雰囲気に乗ることが出来ましょうか?

前に出て手を大きくあげて振りながら踊る。
沖縄の独特なリズムで踊る。
あっいや!あっいや!いやいやいや!!

踊りながら最前列の利用者さんに近づく。
車椅子に乗った利用者さんがたは笑顔もなく困ったような顔をしてる。
かなりの高齢で喜怒哀楽が表せないのか?
それともこういう音楽が苦手なのか?
踊りながら考える。

考えながら近づく。
あっいっや!あっいっや!!ぴゅうぴゅうぴゅう♪

利用者さんの手を取る。
こっちはもうノリノリで踊りまくる。
困った顔がちょっとほころんだ。

よーし、心のタガがゆるんだ。
両手を取ってずんずん上に上げる。
リズムに乗る。

ほころんだ顔が満面の笑みになる。
上がった上がった腕が上がった!
その手を振る振る。
利用者さんみずから腕を動かす。

次はお隣も、あっいやっ!あっいやっ!!ピュウピュウピュウ♪
肩に触れ、腕を取り、腕を挙げ、手を振る。
やはり始めは困った顔、そしてその顔が崩れていく笑う笑う、さっきと別人の笑顔だ。
一緒に身体を動かす、花が咲いたような笑顔。

さあさあ、お隣も。
あっいやっ、あっいやっ!!ソレソレソレ♪
半身麻痺なのね、じゃあ動く右手だけでもソレソレソレ!!
顔がほころぶ、ほころびすぎて泣き顔になる。
そうだそうだ、身体がリズムを刻む、自らで動き出す。

笑顔がいっぱい咲いた。
みんな自分で動いている。参加している。楽しんでいる。

音楽が終わったら部屋の熱気が増していました。

ああ楽しい。元気になってる。
私は利用者さんの笑顔をエネルギーにしてるんだって感じる。
この笑顔をみたくてあの手この手でアイデア練ったりちょっとおどけてみたりサービスしたくなっちゃう。
利用者さんがいきいきした日は私もいきいきと帰る。

昨日、娘の働くデパートに行って会ってきました。
今、五週目だそうでまだ母子手帳はもらえなかったと残念そう。
二週間位して心拍が確認できたらもらえるのかな?

超音波の写真をもらったそうなのですが、まだ赤ちゃんの袋が写っているだけだし、片方の卵巣が大きく腫れているのでソレをみたら心配するだろうからって持ってこなかったのだそうだ。
卵巣の腫れは妊娠初期はよく起きる事らしいので、そのうち安定期に入る頃落ち着くだろうとのことです。

娘は落ち着いているものの、やはりお腹の赤ちゃんが深刻な病気をもっていないか心配のようです。
我が家はいわくつきの家系ですから・・・。

彼女は私が次男を妊娠中に赤ちゃんの腎臓が悪いと判明してその経過をずっと見てきたわけで。
生きる望みのない子供を宿す葛藤ややがて生まれた子供を亡くして涙にくれる母親を見てきたわけで。
そして、自分のすぐ下の弟が進行性難病になり、二十年間その病気のなりゆきを見てきたわけで。
それらが遺伝性の病気であることも知ってるわけで。
どんなに楽観的な人であってもこのリスクは厳しいものがあると思います。

昔ほどではなくても、娘の結婚にこれらのことが影響するのでは?と心配していたけれど、全部知っていても娘と結婚することを決めてくれた婿さんにはとっても感謝なことだし、その婿さんはご両親に事実を伝えて、ご両親も知った上で快く娘を受け入れてくれて実の娘のように大切にしてくれているのは二重の感謝でした。

結婚は無事クリアした後、私は娘の妊娠の可能性については考えないことにしていたのだと思います。
二人はどんな子が生まれても自分たちの子供だから育てていくと決めていると話していましたが、リスクが高いことは事実だし、昔のことがフラッシュバックするので考えることを回避していたのだと思います。
孫願望がまったくなかったのもそういうことなのかもしれません。

でも、実際娘は子供を授かったわけで、命は神さまが与えられるわけだし、こうなったら全力で生まれてくる命を歓迎しようと思います。

自分自身、三人目を授かった時、姑から言われた一言が胸に刺さっています。
まだその時は腎臓の異常は見つかっていなくて健康な子供だと思っていましたが、姑は我が家は子供は二人でやめておくと勝手に思っていたようで、三人目はあまり歓迎していなかったらしいのです。
「なんで出来たんだろうねぇ。」
暗い顔でそう言った姑は悪気はなかったのでしょうが私はお腹の子が望まれていないような気がしてとても悲しかった。

そんなわけで、はからずも末っ子を授かった時は、次男の死や長男の難病の経緯もあり、旦那さんと相談して生まれるまで秘密にしておいて元気な子だとわかってから実はまた子供が生まれましたと報告しようということになりました。異常なほどの心配症の姑ですから、また妊娠したと知ったらそれこそ生まれるまでずーとそれに固執しちゃうのが想像できたんで。

そんなわけで、なんであれ、授かった命を否定するようなことはしちゃイカンと思うわけです。
娘もどんな子でも産むと決心はしているものの遺伝子検査も考えてるようで、でも、それが弟に伝わらないように気を使っています。

障害者である息子自身が一番身内の病気を心配してるのは家族みんなが周知していることで、遺伝・病気・障害ということを否定することは障害者本人を否定することにつながってしまうのでは・・と言葉にしなくても心で思っているのです。

ゆえに、娘はこの妊娠を喜びつつ、複雑な気持をもっています。
「もし、遺伝子検査するようなことがあってもK(弟の名前)には気付かれたくないの。あの人すごく繊細だから。私もほんとは怖いんだ。」
「大丈夫、元気な子みたいな気がするもん!私の胸騒ぎって当たるから今度は大丈夫だよ!」
「そうだよね、きっと。」
昼下がりのデパートで立ったまんまなんの根拠も無い『大丈夫』を交わす母娘。
もし大丈夫でなくたって今はそんなこと考えて心配したってなにもいいことはない。

先のことはどうなるかわからないけれど、命は神さまがあたえられるわけで、お任せすれば悪くはされないわけで、孫願望のまったくなかった私ですが、こころのどこかで
(婿さんに似たらさぞかし可愛い子だろうなぁ・・・)
なんて煩悩←(可愛くなかった自分ゆえ可愛さというものに執着する私)みたいなものさえフツフツと湧いてきたりするわけです。

人間ってなんておめでたいモノなのでしょう。


今年の3月に結婚した娘から電話が

はい、もしもし、ふむふむ、ふーん、そー、で?
えっ、ええー!!

赤ちゃんできたそうで

ひえぇぇ~

腰抜けそう

だいじょぶなんかい??

あのちょっとしたことで大騒ぎする人が・・・

人が吐いてるのを見るだけで卒倒しそうになる嘔吐恐怖症の人が・・

産めるのかい、人間の子を!!!

丁度帰宅した旦那さんに電話を代わる

「うんうん、そうか、おめでとう、大切にしなさいね。」

落ち着いてる~

これからどーなるんだろうか?

きゃー

孫なんて想像つかない~
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