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pisonは、しがない介護福祉士。 家に帰れば「人生」に付随するあれやこれやに翻弄されつつ、お年寄りの前では明るく歌うリンゴの歌。
プロフィール

pison

Author:pison
pisonは一女三男の母。(うち1人は早々天国でPisonを待ってる)
仕事は介護福祉士。
若い人にはぜんぜんもてないけれど、白内障ぎみのお年寄りの目からはしごく美人に見えると評判。

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ただ今2012年12月25日午前2時。
まさしくクリスマスです。

クリスマスの意味を知ってお祝いしている人って案外少ないかもしれません。
ケーキを食べてプレゼントをもらう日だと思っている人も多いかもしれません。

私がクリスマスが何の日であるか本当の意味で知ったのは高校生の時に通い始めた教会の初めてのクリスマスでした。

あれからもう30年以上がたちます。
キリストがベツレヘムで生まれたのは正確には何年なのかわかっていないらしいのですが、ほぼ二千年前のことだったんですね。

二千年前のユダヤの馬小屋での出来事は耳にタコができるほど聞いてきたけれど、あらためてじっくり思いをはせると、ほんとうに貧しい粗末なところへ神の御子は誕生したのだなぁ・・・と。
そして、最も身分の低い羊飼いたちに真っ先にこの出来事が知らされたということ。
羊飼いたちも会いにいけるようなところに救い主が生まれてきてくれたことに神さまの配慮を感じます。

聖書を読むと、その難解さとまた一方本当に単純な(←ただ信じることだけが救われる方法)教えに驚きます。

イエスさま、このような罪人の世界に生まれてきてくださり、すべての人の救いのために十字架の死をもってあがなってくださったことをありがとうございます。

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職場の高齢者施設にて今日クリスマスのミニミニお楽しみ会をやりました。

入社した頃はレクというものにほとんど関心のないところで歌も歌わないし、やることといえば貼り絵と塗り絵と職員がほぼ80パーセントつくる工作くらいでした。

いろんな迫害(?)を受けつつ少しづつレクの素材を増やしてバリエーションは豊富になってきました。
それでも、その日のスタッフの顔ぶれでは面倒なことはしないで!ということになるので、様子を見つつ暗躍(?)していました。

そして、本日24日のスタッフの顔ぶれは・・・レク大好き仲間が大集合の日でした。
それがわかったのは前日のこと。こうなりゃ即席でもいいから何か面白いことを企画しちゃおう!
とはりきったお調子者の私。

結果。
大成功でもなく、失敗でもなく、まあ及第点かなぁというようなお楽しみ会でした。
準備があまりしっかりしていなかったことや、利用者さんが少なかったことや、急に利用者さんのご家族が来てなんだか私たちが出し物しているその横でかかってきたケータイに出てお話されていたりとハプニングもあったのですが、一番の敗因は気持ちがしっかり安定していなかった事だと思います。

レクリエーションはたかだか遊びでしょ?と思われているふしがあるのですが、たかだか遊びなので難しいものです。
利用者さんにとって心地よく楽しいものでなければ失敗です。
スタッフのテンションが高くて大騒ぎすることが成功でもない。
みんなが楽しい時間や雰囲気を共有することが目的なんです。

なかなか難しいです。
思いどうりにいかないものです。
でも、難しいから面白いのかもしれません。
姑に会いに特養に面会に行きました。
西日本の方面からノロウィルスが猛威をふるっているので施設もかなり面会者に警戒しています。
うちの有料老人ホームもピリピリしていますからすごーく気持ちわかります。

面会に行くたびに複雑な思いで帰ってきます。
今時、六人部屋というとんでもない大部屋で暮らしている姑。
これで良かったのかどうか???

でも一円だって年金のない全額自腹の姑は足腰弱っているだけで内臓はいたって異常なし。多分100歳までこのまま変わらずに過ごせそうな勢いですから、普通の個室のホームだったら完全に破産です。

築四十数年というホームは掃除は行き届いているけれど、やはりかなり厳しい状態です。
職員の方はとても良い方が多くて感謝です。
お食事は美味しいということです。
お風呂は週に二回入れていただいてとても清潔で実家にいたときよりもずっときれいでいます。
実家では兄嫁との確執でほとんで口をきかなかったうえ、近所とも付き合いがなかったから今のほうがずっと人と話すという環境で呆け防止になっています。

いろいろ考えても前よりも現在の方が良い環境で有るとは思うのです。
でも、カーテンで仕切られたベッドと食堂とトイレだけがすべての生活。
これでいいのだろうか?と思わないほうが異常なんだと思います。

年をとるってことを考えさせられます。
月に何十万円もかかる私の働くホームと姑のホームは入れ物が違うだけで食べる物もサービスもさほどかわりません。
いやむしろ、姑のホームの方が職員の理念や態度や技術が高いかもしれません。

昔から
「生まれて来て良いことなんかなにもなかった。苦労ばっかりだった。」
が口癖だった姑さん。
今はそれに
「なんでこんなに長生きしちゃってるんだろう。」
が追加されて、なんとなく会うと暗い気持ちになってしまう。

それでも定期的に会いに行く。
定期的に会いに行って、定期的な話しを繰り返す。
時々人はお年寄りが同じことを繰り返し話すことを嫌います。私は姑の繰り返しを忍耐強くきくことが出来ます。
仕事中、利用者さんの同じ話や同じ質問でもナン十回でも応答できるように。
多分、それは姑に対する愛情というよりも自分が罪悪感を持ちたくないという代償の行為なんじゃないかと思う。

ふだんでも、時々ふと
(ジンセイ ッテ ナンナンダロウ・・・・)
と考えて空しいというかなんというか答えが出ない輪にはまってしまうことがある。
姑さんに会うとその思いがより強化されたりする。

手先が器用で几帳面で同じ失敗を繰り返さないという姑は自分と正反対の人だと思ってきたのだけれど、実はそれ以外はすごく私たちは似てるんじゃないだろうか?と思うこの頃です。

姑さんの、ここがすごく嫌・・というところが実はまるっきり自分とリンクしているってことに気づき、年を追うごとに似てくるってことに最近愕然とします。

でも、ひとつだけ良かったことの発見は、あんなに強迫神経症ぎみでいろんなことが怖くて家に閉じこもっていた姑が、年をとるごとにソノ部分が緩和されてきたこと。
調べたところによると、脳が老化すると海馬や扁桃体も弱まってあまり恐怖を感じなくなるらしい。
人と会うのを極端に怖がっていた姑が今六人部屋や食堂でご飯を食べてるなんて昔からみたら奇跡みたいなものです。
五十代の頃の姑は電車に乗るなんてことは皆無だったし、100メートルも離れてないスーパーにさえ出かけたがらなかったもの。

今、私も気がつけば姑みたいにできれば家にいたい人になってる。
生活上仕方が無いから仕事に行ったり行かなくちゃしょうがないところはでかけているけど。

私も姑のように80代も後半になれば、今の怖がりが緩和されるのかもね。
まあソレまで生きてれば、そして地球があればの話ですが。



P1020103.jpg
四ヶ月の時のヨチです。
今彼は五ヶ月になり、ころころと寝返りをうってお口からタラーリと水あめをたらしています。
どうやら生意気も人見知りがはじまってきたらしく、バアチャンに抱かれてもジイチャンに抱かれてもぴいぴい泣きます。
こうなると製作担当者に渡すしかありません。
じいさんは
「早くおっぱい離れて一緒に連れてあるきたいなぁ。」
と言うのですが、私はあんまり連れ歩き願望はありません。
時々連れてくるのをみて
んがぁ
かあいい!
と悶絶しながらヨチと一緒に畳みの上で転がっているくらいがちょうどいいです。

やっぱまだばあちゃんとしては枯れていないというか、何よりも孫を優先という感じじゃない。
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