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pisonは、しがない介護福祉士。 家に帰れば「人生」に付随するあれやこれやに翻弄されつつ、お年寄りの前では明るく歌うリンゴの歌。
プロフィール

pison

Author:pison
pisonは一女三男の母。(うち1人は早々天国でPisonを待ってる)
仕事は介護福祉士。
若い人にはぜんぜんもてないけれど、白内障ぎみのお年寄りの目からはしごく美人に見えると評判。

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上の息子の親友S君が亡くなって今日でちょうど一年が経ちました。
一年前の今日のことを思い出すと本当につい先日のことのようです。

養護学校の高等科で出会ってまるでジクソーパズルがマッチしたように自然な友達になったS君。
進行具合が違っても同じ病気であり、お互いの不自由さを理解しあえる友達関係だったようです。
苦しみの多い、でも弱音をはかない22年の人生でした。
年齢に関係なく私の尊敬できる人間の一人がS君です。

今はもうS君はなんの制約もない自由を得ているんだろうと私は思います。
でも、心配なのはS君のお母さんです。

まるで自分の生活や時間や命をもすべてS君に注ぎ込んでいるようなK子さんでした。
S君亡き後K子さんはしっかりと現実を進んでいけるだろうか?
まだS君が元気な頃から心配をしていました。

この病気は親よりも先に子供の死が訪れる性質のものです。
親は子を見送ってその後も生きていかなければならない。
養護学校の多くのお母さん方の中でも特に親子の結びつきが強く見えたS君の母子でした。

あれから、私は彼女にどう声をかけていいのか言葉をもてないまま時々はメールをしていました。
メールの返事は「なんとか生きています。」と書かれながらもやはり元気は感じられませんでした。
元気など出るはずもありません。

生まれたばかりの子供を亡くした私でさえ、一年がすぎたころでもまだ地に足がつかないような心持ちでしたから。22年もお世話をしながら二人三脚で歩んできた母子には半身が切り取られたような一年だったのではないかしら。

三月の震災の後に安否確認でメールのやりとりをしたままK子さんとは連絡をしていませんでした。
お命日が近くなってきたのでメールをしたのですが、返事がありません。
私よりも彼女とお付き合いが長い養護学校のお母さんにK子さんの近況を尋ねたのですが、彼女も最近音信がないとのこと。
養護学校の先生方も一周忌が近づいてきた頃から息子に「なにか連絡はあるの?」とメールを送ってきます。
息子も心配して毎日私に返事があったかどうかと聞いてきますが、私にも私が連絡したお母さんにも返信がきません。
そしてとうとう今日お命日が巡ってきました。

心配な反面、迷惑かもしれない・・と思うとなかなか次のメールを送れない私です。
でも、もしかしたら前のメールは何かあって見ていなかったのかも?と思い切ってメールを入れてみました。
やはり返事はありません。

どうしたのかしら・・・。
心が弱ってしまっているのかしら。
愛する者を失った人の痛みが癒えるのは気の遠くなるほどの時間が必要なんでしょうね。
時間によって痛みが癒されていくことがまるで愛するわが子が遠くになるようで、ならばいっそ激しい痛みをこのまま持ち続けていたい・・と願った記憶が自分の中にもあります。

これ以上しつこくメールをしてはいけないのでしょう。
私は、ただK子さんに天からの慰めがありますことを祈っていこうと思います。
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