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pisonは、しがない介護福祉士。 家に帰れば「人生」に付随するあれやこれやに翻弄されつつ、お年寄りの前では明るく歌うリンゴの歌。
プロフィール

pison

Author:pison
pisonは一女三男の母。(うち1人は早々天国でPisonを待ってる)
仕事は介護福祉士。
若い人にはぜんぜんもてないけれど、白内障ぎみのお年寄りの目からはしごく美人に見えると評判。

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上の息子の就職が決まりました。
23歳・・・長かった道でした。

思えば、養護学校時代に芽生えた『苦しい環境に置かれているこどもに何か出来ることはないか?』という気持。
それが彼を福祉の道に進ませて大学に入り、目標の社会福祉士を取得した。
でも実際は厳しく、体に重度の障害を持つ者の仕事の道は険しかった。
卒業してしまえば容赦なく時は過ぎていく。

そんじゃあ、次は一般企業にトライだ!
障害者雇用は企業の義務だからたやすいだろう・・と安易に考えていた私はガーーンだった。
難病を患う者にはそんな簡単なことではなかったんだ。
書類すら選考を通れない。

だいち、いろんな会社があるけれど、どれも通勤ラッシュにもまれなくては到達できないところばっかりだった。
障害者のための雇用と言って門戸を開けてくれていてもエレベーターや車椅子用トイレもない会社も多かった。

あらためて結構重度の障害者なんだ・・と再確認しちゃって、社会の一員として働くことは難しいのだと痛感する。
そして、どこにも所属しない状態の心細さというものを味わった。
いままではどこにかしら所属していたし、いつもなにかしらの目標があった。
受検であったり、大学のカリキュラムをこなしたり、国家試験があったり。

何もしないでいることをさけるために私の職場で臨時に雇ってもらったりと苦肉の策の結果、私が啖呵切ってそこを辞めたものだから再び自宅警備員となった。

いや、まだあきらめちゃイカンと市の相談窓口を叩き体は悪くても何か道はないかと相談すれば、重度の障害者は受けいれてくれないかもしれないけれど、訓練校があると教えてもらい、こちとらナニガナンデモ!とねじ込んで無事入学したのが半年前だった。

いろんな資格を取る勉強をしながらハタシテ働く場所が見つかるだろうか??という不安にさいなまれる。
でもそもそも彼は学ぶということが好きなんだってことがわかる。
どんな勉強も弱音を吐きながら(ここら辺が家族にとっては困りどころなんだけど)ちゃんとクリアする。
でもいつかは学校で勉強することから巣立たなければならないんだ。

訓練校の夏の宿題でハローワークに一回は行くこと。
という課題が出た。
今までも行っていたけれど、良い話があったためしがなかったし、でも宿題だし・・・と何も期待しないでノコノコ出かけていったその時!!ものすごい好条件の求人が!!
あれよあれよと言う間に、面接と筆記試験を通過してめでたく10月から社会人となることが決まった。

常に心配症の息子は、今度は
「病気が進行していって仕事が出来なくなったらどうしよう・・・。」
という新たな心配の種をまいてその種にせっせと水遣りしてる。

そんなアータ、先のことなんて考えたってしょうがないでしょう。
とにかく今は目の前のことに猛進するのみよ。

貴方に一番初めにめばえた『不幸な子供のために何か少しでもできれば。』という気持や成長するにしたがって芽生えてきた『微力でもこの国に何か貢献できたら・・』という気持が生かされるといいね。
どんなことでも一生懸命やっていけば、社会の大きな流れの中でめぐりめぐって自分の希望は果たされるんじゃないかと私は思うんですよ。

とにかく就職おめでとう。
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