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pisonは、しがない介護福祉士。 家に帰れば「人生」に付随するあれやこれやに翻弄されつつ、お年寄りの前では明るく歌うリンゴの歌。
プロフィール

pison

Author:pison
pisonは一女三男の母。(うち1人は早々天国でPisonを待ってる)
仕事は介護福祉士。
若い人にはぜんぜんもてないけれど、白内障ぎみのお年寄りの目からはしごく美人に見えると評判。

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姑が奇跡のようにすんなりと病院から施設に入所しました。
救急搬送で入院してからポッキリ一ヶ月です。

その日は、もうかれこれ20年同じ家に住みながら口も聞かない義姉も加わってくれて長男・次男夫婦で姑を病院へ迎えに行き、途中で我が家で昼食を取り施設に送って行き無事に入所となった。
その日、義姉の表情も優しくて、私は初めてこの人もずっと辛い思いをしてきたのだな・・・と思った。

でも姑は初めての施設ということで、私たちが帰るときはすっかり意気消沈してベッドに突っ伏したまま
「なにもわからない・・・・。」
と言ったままだんまり。そんな姑を置いて帰り道、私はコレで良かったのだろうか?と悶々とし、翌日も仕事で施設の様子を見にゆけなかったので心配をしていました。

でもどう考えても、あの状態では在宅で日中独居は難しいし、医者が言うように帰宅したらまたすぐに転倒して病院へ逆戻りだろう・・という通りになるだろう。
義兄夫婦もおばあちゃんを間に挟んで離婚話しまで出ていたし。
それにしても、こんなにスンナリと施設が見つかって入れたのも、職場の同僚が見つけてきてくれたおかげです。
しかも、本当にスタッフがみんな優しくて明るい綺麗な施設です。
願ったり叶ったりというのはこんなことをいうのじゃないかしら。
姑や義兄たちや私たちにとって最善の道が用意されたと、こころから感謝しています。

そして、一日置いて本日のこと。
旦那さんと上の息子も年末休みになったので私も仕事がやすみで、みんなで姑のところへ行きました。
私たちはドキドキです。
また病院へ入った時のように、御飯も食べずにくらーくなってるんじゃないかしら・・・って。

でも、ナント姑さんはとっても元気でいました。
「御飯は全部食べてるの。みんな優しくしてくれてありがたいのよ。」
背筋がぴんとして顔色もよく、いつもよりも若く美人に見えます。
病院で転倒して出来た裂傷もコチラで綺麗に治療しなおしてもらったと、傷もきれいになっていました。

「ご飯の席で隣になった人がとっても良くしてくれるのよ。」
と言う。聞けば違う部屋の人だそうで、食堂を通りかかったので姑の席を聞くとちゃんとテーブルに姑の名前が書いてありました。そして何気にお隣の優しいという方の名前をみると・・。

えっ?これって!
そう、そこには私が在宅のヘルパーをしてる時に掃除のケアに行っていた人と同じ名前があったのです。
E原K美様って。
その名字はあまり無い名前なので、まさか?でも・・施設はその方の住んでいるH市とはぜんぜん違う場所です。

私「ねえ、お母さんお隣さんって小柄な人じゃない?」
姑「そうよ。小さい方。」
私「リュウマチを持っていなかった?」
姑「ええ、手がねこんな感じだったわよ。」
ますますEさんにあてはまる。

職員さんに承諾を得て、その方のお部屋をたずねてみると、姑の真向かいの部屋でした。
私「トントン!失礼します。」
Eさん「はーい」
振り返ったその顔はまぎれもなくEさんでした!
私「Eさん!!!!」
E「あっ、Y子ちゃん!!」

もうそれから二人で抱き合ってわーわーってなっちゃって。
なんでここにいるの!?ってお互いに。

昔私たちは利用者とスタッフという間柄だったんですが、とっても不思議に馬があってまるで年の離れた友達みたいにしていたのでした。
仕事の関係だから個人的な付き合いはご法度なのでそこらへんはすごく気をつけていたけど、実は内緒で二人で街で落ち合ってファミレスでお茶を飲んだりしたこともあったのでした。当時78歳と42歳。この年齢差にもかかわらず、話しが尽きずその時はファミレスで4時間もおしゃべりをしたのでした。

知的で好奇心のかたまりみたいなEさんは時として少女のようでした。
私が職場を辞めて転職したのでお付き合いは切れてしまって、もう二度と会えないかもしれないけど会いたいなぁといつも思っていたEさん。
カレコレ7年の月日が経ってる。

そのEさんと、私もEさんも姑も縁のないこのM市の老人施設でめぐりあったのでした。
これって、奇跡みたい。
私はクリスチャンなので偶然っていう概念があまりないのですが、そういう意味で言えばやはり神様に合わせてもらったということになると思います。

「Eさーーん会いたかった~」
「Y子ちゃん、もう会え無いと思った~」
85歳になったEさんと49歳の私は抱き合っておんおん泣いちゃいました。
別れがたかったけど、またすぐに姑に会いにくるのでEさんにも会うことができます。
最後は笑顔で手を振って別れました。

職員さんもその話を聞いてびっくりでした。
同じ施設にいたとしても、階が違っていたらわからなかったでしょうに。同じ階でもうちの姑に優しくしてくれなかったらそこにいるとはわからなかったかもしれません。
同じテーブルで隣になったので入所三日めにしてEさんを発見できたのです。

私はEさんが昔作った俳句を今でも覚えています。
生涯結婚をしなかったEさんは一人くらしをしていました。

一人居の花瓶に凛と花菖蒲

一人の食卓でもいつもランチョンマットを敷いて綺麗にセッティングしたお食事をしていたEさん。
可愛い寝巻きを着ていたEさん。
訪ねるたびにいろんな文学の話をしてくれたEさん。
初恋の人と別れたいきさつを話してくれたEさん。
いつも前向きで、面白そうなことを探しては人生を楽しんでいたEさん。
あの頃よりもっと小さくなったけど、相変わらず、脳を鍛える大人の塗り絵なんていうのを広げていました。
棚には兼高かおるの本←私も読んで見たいと思ってたやつ!やっぱり今でも興味の行き先がおんなじなんだ。

これで、施設に姑を訪ねるのが一段と楽しみになりました。
息子に話すと
「お袋、どっちに会いに行くのがほんとの目的になるのやら・・。」
なんて言われちゃった。

介護というあまり喜ばしいことではないことが訪れたのですが、なんだかここのところ私は驚いたり嬉しがってばかりいるような気がします。
感謝します。
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おお
それはすごい奇跡だとわたしですら思いますよ
pisonは神様に愛されているんだなあ と感じます。
えがったねえ
【2011/12/30 Fri】 URL // 空 #- [ 編集 ]
空さま
すごいでしょう~
自分でも信じられなかったです。
大好きな利用者さんだったので嬉しさひとしおでした!
アナタにしろEさんにしろ、私はいい人に恵まれていると思います。
来年は姑の家に行くことも無いからアナタの住むN区は遠くなるのですが、ジョージあたりでお茶してくださいね。

先日姑の入院していた西荻から一駅なので旦那と病院の帰りに吉祥寺に行って伊勢屋で飲んできました。
伊勢屋に行くまでに旦那に
「あっ、ココは空さんとチャンポンうどん食べた。」
「ここで空さんとコーヒー飲んだよ。」
と言いながらふと、あんまり言うと旦那に嫉妬されそう・・・なんて。
変な感じ。
でも、旦那よりも付き合い長いからねぇ。
では良いお年を!


【2011/12/30 Fri】 URL // pison #- [ 編集 ]

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